先月、INSEE(フランス国立統計経済研究所)が、2013年度の可処分所得に関するレポートを発表しました。フランスの1人当たりの年間可処分所得の中央値は20 000ユーロ(2013年度の平均為替レートEURJPY=130として計算すると、260万円)です。中央値とは全てのデータを小さいものから順番に並べた時に、ちょうど真ん中にくる値です。可処分所得の中央値が20 000ユーロということは、「フランスには20 000ユーロ以下の可処分所得を持つ人と、20 000ユーロ以上の可処分所得を持つ人が同じ数だけ存在する」ということを意味します。ここで言う『20 000ユーロ』とは単身世帯の可処分所得の中央値を表します。それでは家族世帯の中央値はどの位になるのでしょうか?例えば、子供を2人持つ夫婦は四人家族となるので、20 000 ユーロ x 4 = 80 000 ユーロの可処分所得がないと、フランスの中央値に達しないのか、というとそのようなことはありません。一緒に暮らしていると住居コスト、光熱費、食費など様々な生活費が一人暮らし世帯よりも低く抑えられ、経済的に暮らせますから、80 000ユーロの可処分所得を持たずとも、中央値以上の生活ができますよね。INSEEのレポートでは、世帯の構成によって、中央値である20 000ユーロに一定の数値(UC)をかけた金額が、その世帯全体の可処分所得となる、と定義しています。その一定の数値(UC)とは、大人1人なら1、同世帯に大人か14歳以上の子供が1人加わるごとに0.5ずつ増え、14歳未満の子供が1人加わるごとに0.3増えます。例えば14歳未満の子供を2人持つ夫婦の世帯のUCは 【大人一人 ( 1) + 大人もう一人 (0.5) + 14歳未満の子供二人 (0.3 x 2) = 2.1】です。よって、このような家族構成の世帯の可処分所得の中央値は、20 000 x 2.1 = 42 000 ユーロとなります。つまり14歳未満の子供を2人持つ夫婦の世帯の場合、42 000 ユーロ以上の可処分所得を持っていたら、「自分たちはフランスで中央値以上の可処分所得を得ている」ということになるのです。
前置きが長くなりましたが、今回発表されたレポートで興味深い点が2つありました。1つ目は、相対貧困率(可処分所得の中央値の60%以下の所得しか持たない層を貧困層として計算)が2012年度の14.3%から2013年度は14%へと、僅かではありますが下がった、ということ。そして2つ目は富める者と貧しい者の格差が縮まった、ということです。所得格差を示す指標の1つに『ジニ係数』というものがあります。ジニ係数は0から1までの数値で表され、全ての国民が平等な所得を得ている場合には0、国民の1人が全所得を独占しているのであれば1となります。このジニ係数が、2012年度に0.305だったところ、2013年度は0.291に下がったのです。「ジニ係数0に近くなる」=「より公平になる」ということですから、フランスで格差が縮まったことを意味します。リーマン・ショック後、2008年から2011年にかけてフランスのジニ係数は0.013上がったのですが、その上昇分を一気に打ち消したような形となりました。
格差社会の進行がメディアで頻繁に取り上げられる現代において、フランスでは格差が縮まっている訳ですね。これは決して偶然の産物ではなく、オランド社会党政権の様々な改革がもたらした現象なのです。具体的に格差社会に影響を与えたと思われる3つの政策を詳しく見てみましょう。
高所得者に対する所得税率の上昇
オランド大統領が当選し、フランスに17年ぶりの社会党大統領が誕生したのは2012月5月のことでした。フランスでは政権が代わると、新政策が次々とスピーディーに施行され始めます。それらの新政策には社会党らしく、富める者からより高い税金を徴収し、貧しい者に分配するようなものが目立ちます。2013年の確定申告(2012年度の所得に関する申告)より、高所得者層を直撃するような大きな税制改革が2つ実施されました。1つ目は、配当金や利息、また株取引普通口座内の譲渡益に対して、それまでは分離課税による税率が適用可能だったところ、2013年からは総合課税になったということ。2つ目は所得税の最高税率が41%から45%へと上昇したことです。2012年まで、配当金には21%、利息と株取引普通口座内の譲渡益には24%の分離課税の税率が適用できたところ、高所得者層にとってはそれらの税率が2013年に入った途端、急に45%に跳ね上がってしまったのですから大変です。
しかも上昇したのは所得税率だけではありません。フランスでは、金融資産や不動産から発生する所得に対して、所得税だけではなく、社会保障費負担なるものもプラスアルファで課せられます。その社会保障費負担が、オランド政権発足直後に13.5%から15.5%へと一気に2%アップしたのです。つまり、所得税の最高税率45%を課せられる高所得者層にとっては、金融資産から発生した利益に対して、税金プラス社会保障費負担の合わせて約6割が税負担として持っていかれてしまうことになったのです。
高所得者層にとっては大打撃ですね。税負担の増加により、配当金を減額、または取り止めにしたケースも多々見受けられました。税制改革により富裕層の金融資産から発生する所得が減ったことは、格差縮小に大きく貢献したようです。
扶養家族のいる高所得者に対する所得税軽減措置の低下
フランスでは各個人ごとにではなく、世帯ごとに所得税が課せられます。所得税を計算する際に『家族指数』というものを使用し、子供の数が多ければ多いほど、所得税が低くなる仕組みになっています。家族指数は世帯の人数が増えるごとに、次のように増えていきます。
世帯の課税総額を上記の家族指数で割った後の金額がいくらになるかにより、累進課税が課せられることになります。極端に高所得、または低所得であるケースを除き、一般的には子供の数が多ければ、分母(家族指数)が大きくなり、結果、適用される所得税率が低くなります。しかしフランス政府も「子供の数が多ければ、いくらでも所得税額を下げる」というような大盤振る舞いをすることはできませんので、家族指数の増加により受けられる所得税減額には上限が付けられています。その上限額がオランド政権により、2013年度から家族指数0.5につき、2000ユーロから1500ユーロへと下げられました。これはどういうことかと言いますと、例えば、同じ課税所得額を持つ2つの世帯があったとします。1つの世帯は夫婦だけの世帯(家族指数2)で、もう1つの世帯は子供を1人持つ夫婦の世帯(家族指数2.5)です。この場合、子供がいる家庭の方が確かに所得税は低くなりますが、子供がいない家庭と比べて、1500ユーロ以上、税額が少なくなることはない、ということです。
所得があまり高くない世帯は元々支払っている税額が低いので、この制度改正によるインパクトは全く受けません。しかしながら、高所得者層にとっては数千ユーロの所得税増額を意味します。それこそがまさにオランド政権の目指したところなのです。この改革によりフランス国内の上位20%の豊かな家庭の所得税額が上昇することになりました。2013年当時に政府から出された試算によると、この法改正により影響を受ける世帯の所得額と、その増税額は次のようになります。
社会党政権により、富裕層が様々な方向から狙い撃ちされていることがよく分かります。
低所得者に対する様々な手当ての上昇
上記、様々な税制改革により、高所得者層の所得が減ったということを見てきましたが、フランスの格差縮小の理由はそれだけではありません。いかにも社会党らしい弱者を守る政策により、低所得者層の可処分所得が上昇してきたのです。オランド政権はCAF(全国家族手当金庫)から支給される様々な低所得者支援制度の増額を実施しています。
例えば、日本の生活保護制度に相当するRSA(『積極的連帯所得手当』)を『5年間にわたりインフレ率プラス10%の増額を実現する』という計画が2013年から始まりました。それまでのRSAは年に一度、インフレ率に連動して金額が改正されるだけでしたが、2013年から現在に至るまで、年に2回、金額が大幅に上方修正されています。2013年度のフランスのインフレ率は+0.9%でしたが、RSAの金額は+2%の上昇となりました。その後も2014年、2015年に約3%ずつ上昇しています。RSAの金額は家族構成により大きく異なります。2013年9月時点の金額を例に取りますと、扶養家族のいない独身世帯には月々492.90ユーロ、所得がなく3歳未満の子供を一人で育てる親に対しては844ユーロがRSAより支払われていました。ちなみにフランスにはRSA以外にも、様々な種類の家族手当、住宅手当、障がい者手当が存在します。それらを組み合わせることにより、RSAを受け取る程、生活に困っていたとしても、様々な給付を全て合計すると、貧困ライン(可処分所得の中央値の60%に当たる金額)以上の所得を得ている人が多く存在します。INSEEのレポートによると、2013年度に職業所得を持たない世帯向けのRSAを受け取っていた人のうち、貧困ライン(2013年時点、月々1000ユーロの可処分所得)未満の生活を送っていたのは64.3%のみだったそうです。
CAF(全国家族手当金庫)から支給される手当は今後もフランスの格差縮小に貢献しそうです。と言いますのも、2013年度までは、低所得者層への手当を厚くするための改革のみが行われましたが、2014年度以降は、高所得者層への家族手当の縮小も始められたのです。例えばCAFから支給される手当にCOMPLEMENT DE LIBRE CHOIX D’ACTIVITE(就業自由選択補足手当)というものがあります。これは育児のために休業する、または勤務時間を短縮する際に受けられる給付です。2014年4月より、一定基準以上の所得を持つ世帯に対して、この手当が最大56%も減額されることになりました。またALLOCATIONS FAMILIALES(家族給付)という20歳未満の子供を2人以上持つ全ての人に給付される手当も、本年7月より高所得者層に対する大幅減額が実施され始めました。一定以上の所得を持つ世帯に対して、家族給付の額が2分の1、または4分の1にまで減額されてしまったのです。子供が2人いる世帯と3人いる世帯の家族支給について、下記、具体例を示しましたのでご覧ください。
家族支給自体が元々少額なので、高所得者層の家計に対するインパクトは小さいですが、これは社会党からのメッセージ性が強い改革と言えるでしょう。この制度改正を発表した際、ヴァルス首相はこの改正がより社会的正義に基づくものであり、家族給付は貧しい家庭や中流家庭に優先されるべきものだ、という見解を示しています。
今回、INSEEから発表されたのは2013年度の可処分所得に関するレポートです。データ収集や分析に時間がかかるため、INSEEのレポートは毎回数年遅れで作成されますから、2012年に始まったオランド政権が、2年後、3年後にも継続的に影響を与えているかどうかを知るのは、随分と先のことになりそうです。しかしながら新政権発足直後に、既にこれだけの法改正を行い、そして1年後に格差縮小の結果を出している、ということは注目に値します。とは言え、オランド政権は極めて不人気で、直近のアンケート結果によると、社会党政権は2017年の大統領選の第1回投票で早くも敗北してしまうのではないか、と言われています。フランスでは政権が代わると、矢継ぎ早に新政策が実行されますので、次回の大統領選で右派政党が当選すると、フランス社会がまた様変わりするかもしれません。