税金の高いフランスでは、減税商品が大人気です。「この商品に投資すると、投資額の○○%に当たる金額を所得税から減額することができますよ」などと言われると、それだけですぐに飛びついてしまう人も多いようです。しかしながら、いくら減税効果があるとしても、その商品の実際の価値を調べもせずに投資するのは無謀というものです。結果として、利益を出すどころか、大損をしてしまうケースも多々あるようです。今回のコラムでは、減税商品の中でもひときわ有名なセリエ(Scellier)減税措置を取り上げてみました。「甘い言葉には要注意」、と改めて感じるかもしれませんよ。

セリエ減税措置の仕組み

貧困層への住居提供を目的とするアベ・ピエール財団によると、フランスではホームレス、またはひどい環境下で暮らしている人々が360万人いるそうです。そのため社会から政府に対して「住居が足りない!もっと物件の供給を増やしてくれ!」という強いプレッシャーがあります。また不動産関連の産業はGDP内で大きな割合を占めるため、フランス政府は不動産業界を活性化させるような政策を立てたがります。そのような背景の下、セリエ減税措置が2009年に開始されました。

セリエ減税措置は、次の場合に利用することができます。
● 新築物件を購入する。
● 古い物件を購入し、人が暮らせるように大改築する。
● 商業用など非居住用物件だった物件を購入し、居住用に改築する。

直接不動産に投資するだけではなく、SCPI(不動産共同投資商品)を通じて投資することもできます。

セリエ減税措置を利用して不動産投資をすると、物件価格(300 000ユーロ以下の金額が対象となる)の6%に当たる金額を9年間にわたり、本来支払うべき所得税額から減額することができます。一定基準を満たすエコ住宅なら物件価格の13%に当たる金額を所得税から減額できます。また、所得の低い世帯に対し低い家賃で賃貸をする場合、減税枠は更に広がり、エコ物件なら物件価格の21%、エコ物件以外なら14%に当たる金額を15年間にわたり、所得税から減額することが可能になります。

より多くの居住用住居を供給するための政策ですから、これらの物件は必ず賃貸に回されなければなりません。具体的には物件完成後、1年以内に借り手を見つけなければなりません。また借主が退去した後、1年以内に次の借り手を見つけないと、税務署からチェックが入り、減税の恩恵を受けられなくなる可能性があります。

それ以外にも、賃借人の主たる居住用物件として家具なしで賃貸しなければならないこと、住居が足りないと考えられる地域(政府が指定するA、Abis、B1、B2、一部Cの地域。例えばパリはA地域に入る)内の物件であること、などの条件を満たさなければなりません。

実はこのセリエ減税措置、導入され始めた2009年度は今よりもっと魅力的でした。当時はエコ物件であるか否かに関わらず、なんと不動産価格の25%を所得税から減額することができたのです。しかし財政難に苦しむフランス政府は、「ここまで大盤振る舞いをすることはできない」とすぐに気が付き、2010年以降、毎年、減税割合が減らされ、2012年度現在は遂に9%まで下がってしまった、という訳です。

セリエが巻き起こす思わぬトラブル

減税しながら不動産投資ができる、という便利なセリエ減税措置ですが、この措置を利用できる地域にこれから建設される物件を見つけ、住宅ローンを組み、契約後は物件の借り手を探し管理する、という全ての流れを自分で行うとしたら、かなりの手間隙がかかってしまいます。そこでそれらをまとめて行う業者が出てきました。彼らはセリエ減税措置を、まるで金融商品のように販売するのです。

これらの業者は、例えば次のように勧誘してきます。「あなたは所得税を支払っていますか?でしたら絶対に減税対策をした方がいいですね。セリエ減税措置を利用すれば国が不動産投資の21%を負担してくれますし、月々たった250ユーロの支払いのみでアパルトマンのオーナーになれますよ。住宅ローンは私どもの提携銀行がすぐにOKしてくれます。減税措置で国が負担してくれる部分を頭金として使うので、お客様の預貯金から頭金をお支払いいただく必要はございません。面倒な不動産物件管理はもちろん我々にお任せください。家賃未払い保険にも加入していますから、万が一、家賃を払ってもらえなくても安心です。住宅ローン返済後は、家賃収入が入ってきますから、引退後の生活も安泰ですよ。減税措置の期間が過ぎたら、物件を売却するのもいいですね。ここ15年のフランスの不動産価格の推移を見ればお分かりの通り、相当な額の売却益が出るのは間違いありませんよ。もう既に物件のほとんどが売却済みですので、残り戸数は僅かです。どうですか?ご興味がおありでしたら、お客様の職場にお伺いすることもできますよ。お仕事が終わった後、夜にお客様のお宅にお邪魔させていただく、ということでも構いません。」

実際にこれらの勧誘文句の通りだったら問題ないのですが、必ずしもそうではないようです。上記のセリフの中からいくつかの問題点をピックアップしてみましょう。

「月々たった250ユーロの支払いのみでアパルトマンのオーナーになれますよ。」→通常、これらの業者はまだ建設が完了していない新築物件の販売をします。つまり、あくまでも推定家賃による試算ですので、実際に賃貸に出してみたら当初の予想よりも遥かに安い家賃でしか借りてもらえず、月々の負担が当初の予定の2倍以上になってしまう、ということも十分にあり得ます。

「住宅ローンは私どもの提携銀行がすぐにOKしてくれます。」→この業者と提携している銀行が提示している金利は、果たして顧客にとっていい条件の金利なのでしょうか?

「減税措置で国が負担してくれる部分を頭金として使うので、お客様の預貯金から頭金をお支払いいただく必要はございません。」→セリエ減税措置では、物件完成後1年以内に賃借人を見つけないと、減税措置を受けることができません。もしこの物件が賃貸需要のないところに建てられていて、賃借人を見つけることができなかったら減税措置は受けられなくなります。その際には自分の預貯金から頭金を出さなければならないことになるのです。

「家賃未払い保険にも加入していますから、万が一、家賃を払ってもらえなくても安心です。」→家賃未払い保険は、あくまでも家賃の未払いに関する保険です。賃借人が見つからずに、減税措置が受けられなくなってしまう場合の損害はカバーしてくれません。

「住宅ローン返済後は、家賃収入が入ってきますから、引退後の生活も安泰ですよ。」→その物件は恒常的に賃貸需要のある地区に建てられているのでしょうか?空き部屋リスクが高ければ、将来の補足年金としてあまり役に立たないかもしれません。

「ここ15年のフランスの不動産価格の推移を見ればお分かりの通り、相当な額の売却益が出るのは間違いありませんよ。」→フランスでは90年代の初めに不動産バブルが崩壊してから現在に至るまで、不動産価格が上がり続けています。20年前の話ですので忘れられがちですが、この国の不動産市場にもバブル崩壊は存在するのです。よって、今、不動産投資をして、減税措置の期間が終了する9~15年後に不動産を売却しても、必ずしも素晴らしい売却益が出るとは限らない、ということは心に留めておくべきことでしょう。またそれ以前の段階で、そもそも販売価格が市場価格よりもかなり高めに表示されていた、ということも多々あるようです。

もちろん正直な業者も沢山いますし、上記のコメントは少々猜疑心が強すぎると言えるかもしれません。しかしながら問題が起こっているケースは、まさに上記で示した事項から発生することが非常に多いのです。中には正真正銘の詐欺行為もあり、頭金を受取った後は、工事も終わらせずに消え失せてしまう業者もいるのです。

2013年度からは新制度デュフロに交代

減税措置セリエでは、需要のない地域、もしくは住宅が過剰供給されている地域に、新築物件が次々と建設され、それらの物件が単なる減税商品として販売されるケースが頻繁に見受けられました。「住居がなくて困っている人たちのために、より多くの居住用物件を供給する」という本来の目的とは全く別の方向に投資マネーが流れていたという訳です。そのような問題を解決するために、政府は現行のセリエに代わる新制度デュフロ(現・地域間平等・住宅大臣の名前)を法案化しました。現在、審議中のこの法案が可決されると、来年度からはセリエがなくなり、デュフロ減税措置が適用されます。新制度でも「一定の地域の新築物件を購入し、それを賃貸する場合、物件価格の一部を所得税から減額できる」という点で旧制度と非常に似ていますが、次に挙げる事項が異なることがポイントとなります。

1. 家賃は相場よりも20%以上、安く設定しなければならない。
2. 賃借人は一定以下の所得しか持たない世帯に限られる。
3. 投資できる地域が、セリエよりも少なくなる。(政府が指定するCの地域に入る物件は今後は対象外となる)
4. 減税できる割合は300 000ユーロを上限とする物件価格の18%。

セリエ減税措置と比べて「困っている人たちにより多くの住居を提供するための減税措置」というメッセージが強く出ています。

果たして新制度に変われば、これまでにお話したようなトラブルはなくなるのでしょうか?それはかなり疑問だと思います。セリエ減税措置を商品化して販売している業者たちは、早くもデュフロ減税措置の宣伝を始めています。今後も同じ業者たちが似たようなアプローチでこの減税措置を商品化し、販売することになるでしょう。だからといって悲観的になる必要は全くありません。これらのトラブルは「投資物件がいい場所にあるのか」、「家賃の相場はどれくらいか」、「空き部屋リスクは高そうかどうか」、「住宅ローンはどの銀行が一番いい条件を提示してくれるのか」、「信頼できる建築業者、不動産業者が相手なのか」など、不動産投資をする上で当然の事項を確認すれば避けられることなのです。投資である以上、減税という言葉に迷わされず、本来の推定利回りをしっかり確認することが大切なのですが、驚くべきことに業者の言葉を信じきって、物件の所在地を実際に見ることもせず住宅ローンを組んで投資してしまう人が非常に多いようです。リスクの説明を怠ったり、楽観的過ぎる仮定に基づいて商品を販売する業者は、残念ながら今も昔も世の中に常に存在します。投資はあくまでも自己責任である、ということを忘れずに、投資家自身もだまされないようにしっかりと調査してから投資したいものですね。