2008年9月15日からの一週間は金融史上、多くの人の記憶に残るであろうことが満載でした。経営危機に瀕した米証券第4位(だった)リーマン・ブラザースが破綻、リーマン・ブラザースの買収の候補者と見られていたバンク・オブ・アメリカはリーマンではなく、同じく経営難に見舞われていたメリルリンチを買収。立て続けに今度は保険業界世界最大手のAIGが倒産の危機に陥っていることが発覚。リーマン・ブラザースには救済の手を伸べなかった米政府も、AIGに対してはその規模の大きさを考慮し、資金調達による救済計画が発表されました。これらの倒産・買収・救済のニュースが金融不安を煽り、株式市場は世界的に下落の一途をたどり、「1929年の世界大恐慌の再来か?」との声も聞こえ始めた週の後半、(1) 公的資金を使って不良債権の買取りをする機関の設立を検討、(2) 一時的な空売り規制、(3) 財務省による MMF(マネー・マーケット・ファンド)の払い戻し保障、という3本柱の対策を米政府が発表。このニュースにより世界の株式市場は金曜日に急騰しました。ヨーロッパの株価指数も、CAC40が+9.27%、FTSE100 +8.84%、DAX 30 +5.56%と空前の盛り上がりをみせました。今回のコラムでは、リーマン・ショックから始まった激動の1週間をフランスの視点で振り返ってみたいと思います。
政府の対応
リーマン・ブラザースの倒産が明らかになった直後、ラガルド経済財務雇用相は「リーマンの破綻がフランスの銀行に与える影響は限定的」と、国民を安心させるために緊急声明を出しました。フランス金融機関のリーマンへのエクスポージャーは果たしてどれ位の額だったのでしょうか?リーマン破綻から数日後、各銀行は次々とその数字を明らかにし始めました。一番その額が大きかったのが仏ベルギー系のデクシアで、 5億ユーロ(約765億円)。続いてソシエテ・ジェネラルが4億7900万ユーロ(約733億円)、BNPパリバは4億ユーロ(約612億円)、Natixisは3億7600万ユーロ(約575億円)、クレディ・アグリコルは2億7000万ユーロ(約413億円)でした。これらの額は決して小額ではありませんが、かと言って経営を揺るがすような額ではありませんでした。
中央銀行の資金供給と空売り規制
欧州中央銀行は15日300億ユーロ(約4兆6千億円)、16日に700億ユーロ(約10兆7千億円)の短期資金を供給。18日にはドル資金調達の安定のため、日米欧6中央銀行がスワップ協定により最大1800億ドル(約19兆円)のドル資金を短期金融市場に供給することが発表されました。欧州中央銀行のスワップ協定の額は500億ドルから1100億ドルに大幅拡大されました。尚、同行は同日、別途250億ユーロ(約3兆8千億円)の資金をマーケットに供給しています。
米証券取引委員会(SEC)の空売り規制に続き、英金融監督当局の金融サービス機構(FSA)は来年1月16日まで金融株の空売り禁止することを発表しました。このうに各国、空売りに関する取締りを厳しくしている最中ですが、フランスでもこの流れが見受けられます。フランス中央銀行のノワイエ総裁によると、現在、仏金融市場庁(AMF)も空売りの規制の強化に向けて準備を進めているそうです。
フランス経済へのマイナスの影響
ただちに倒産に追い込まれそうな金融機関は取り敢えずなさそうですが、それではフランス経済は全く影響を受けないかというと、もちろんそんなことはありません。一番心配されているのが銀行の貸し渋りです。銀行間同士でも資金の流動性がままならない中、銀行は融資をする際に非常に慎重にならざるを得ません。企業が融資を受け難くなることによる経済減退、また住宅ローンの条件が更に厳しくなる事により、フランスの不動産価格の下落が更に加速するのでは?と言われています。米国の不動産価格ほどではありませんが、既にフランスでも不動産価格は下がり始めています。FNAIM(仏不動産連盟)の月間レポートによると、中古物件の価格は5月が-1.3%、6月は+0.8%、7月は-1.5%、8月は-1.5%となりました。新築物件に関してはその状況は更に厳しく、2008年第2四半期の新築物件の売却数は、前年度同期と比べると実に33.9%も下がりました。購買力の低下、インフレ懸念、雇用が不安定であること、成長率が望めそうもないことに加え、現在巻き起こっている金融不安による住宅ローンに与える影響は、フランスの不動産市場にとって大きなマイナス影響を与える可能性があるのです。
来年度予算
以前は欧州中央銀行が欧州の景気対策の為に利下げをしない事に対して真っ先に批判していたサルコジ大統領ですが、現在フランスがEUの議長国であることもあり、今回ばかりは慎重な対応をしています。というか、この原稿を書いている9月21日(日)の時点では、今回の一連の金融不安について一切のコメントをしていません。9月23日(火)の国連総会、もしくは25日(木)のトゥーロンでのスピーチの際に、ヨーロッパの立場も含めてコメントすると見られています。欧州が金融危機に対してどのようなイニシアティブを取っていくのかが注目されるところです。
現在フランスでは2009年度の予算を作成している最中です。予算作成の際に来年度のGDP成長率の予想を立てなければなりませんが、現在の金融危機の為にその作業が非常に難航しているようです。2008年度の予算作成の際には、GDP成長率を2.25%とあまりに楽観的に見込んでいましたが、実際には今年は成長率は1%程度になりそうです。エリック・ヴォルト予算相によると、本年度の成長率の見込み違いにより、政府は50億ユーロの税収をもらい損ねたことになるそうです。ラガルド経済財務雇用相は2009年の成長率も恐らく本年度と同様1%前後になるだろうと述べています。サルコジ大統領は2012年までに財政赤字を0にすることを目標に掲げていますが、経済が停滞し始めた現状を考慮すると、目標達成はかなり厳しいものになりそうです。
リーマン破綻直後の9月15日(月)、CAC40は-3.78%の下落、続く火曜日は -1.96%、水曜日 -2.14%、木曜日-1.06%と坂を転がるように値下がりした後、金曜日には 米金融対策が好感され+9.27%の大幅高となりました。しかしながら今年に入ってからCAC40は既に22.96%も下落しています。
グリーンスパン前FRB議長は、現在の金融不安を「世紀に一度の金融危機である」と忠告しています。いつかはこの金融不安も終わりが来るはずですが、問題はその終わりがいつになるのか、です。9月19日(金)の株式市場は異常な程の高騰を見せましたが、このままマーケットが上昇気流に乗る、と考えている人はまだまだ少なそうです。実体経済にも影響を与えるであろう世界的な金融危機の行方を、慎重に見守っていきたいところですね。