2008年1月24日(木)、ソシエテ・ジェネラルが2007年度第4四半期の追加評価損を計上する旨を発表しました。損失額は約70億ユーロ。サブプライム問題の影響で、15日シティ・バンクが10~12月期決算で98億ドルの純損失、17日メリル・リンチが同期決算で98億ドルの純損失を発表した翌週だったので、このニュースを聞いた瞬間、「またサブプライム問題で銀行が巨額損失を計上したのか」と多くの人が感じたことでしょう。しかし、ソシエテ・ジェネラルの損失額の約70億ユーロの内、48億2000万ユーロ(約7600億円)※が31歳のトレーダー、たった一人の不正取引による損失だった、と聞いてフランス中、また世界中が飛び上がりました。一人のトレーダーの不正行為から出た損失額としては史上最悪規模となってしまった今回の一件。一体なぜこのようなことが起こったのでしょうか?1月31日現在の段階で明らかになっていることを、まとめてみたいと思います。
※発表当初は損失額を49億ユーロとしていましたが、1月28日に同行はその額を48億2000万ユーロに下方修正しました。
どのような不正取引が行われたのか?
問題の人物、ジェローム・ケルビエル氏は2000年からソシエテ・ジェネラルに勤務。ミドル・オフィスを経て、2005年から欧州の代表的な株価指数で裁定取引を行うトレーダーになりました。裁定取引ですから簡単に言うと例えば、現物市場と先物市場間、または同一の先物で異なる限月間の取引など、似たような特徴を持つ商品の中で割安なものを買うと同時に、割高なものを売ることによって、その利鞘を稼ぐ取引を行うことが、彼の本来の仕事のはずでした。しかし、このトレーダーが実際に行っていたことは裁定取引ではなく、株価上昇(または下落)を期待した単なる『賭け』の取引でした。しかし、社内でリスク・コントロールが行われていますから、売りと買いの両方が入力されていないと、裁定取引を行っていないことが即座にばれてしまいます。そこでこのトレーダーは自分の本当のポジションを隠すような架空の取引をシステムに入力していたのです。例えば先物の買いポジションを持った後、それを隠すために架空のフォワード取引の売りを入れることによって、システム上、リスク許容範囲内の裁定取引を行っているかのように見えていた、ということになります。また一部の取引をキャンセルする際に他人のITアクセス・コードを利用する、他社から送られてきたと見せかける偽のメール取引確認書を作成するなどの行為も行っていました。
彼がこのような『賭け』のトレーディングを始めたのは2005年末からでしたが、2007年に入るとサブプライム問題で揺れる相場の中で、彼の賭けの金額は大幅に膨れ上がりました。しかもその多くは非常にうまくいっていて、本人曰く、2007年12月31日付の彼のポジションの評価益は14億ユーロに上っていたそうです。しかしリスク管理の観点から見て、彼が持つことを許されているポジションの上限額からここまでの評価益を出すことは不可能です。巨額の数字をどう説明すればいいのか思いつかない彼は、自分の年末の評価益を敢えて5500万ユーロと申告したと言います。そして2008年に突入です。年初から世界の株式市場は下落の一途をたどっています。「間もなくリバウンドするに違いない」と予想した彼は、更に思い切った賭けに出ました。彼が許されていたポジションの上限額は数十万ユーロ程度だったのにも関わらず、事件が発覚される直前にはEurostoxxに約300億ユーロ、DAXに約180億ユーロ、FTSEに約20億ユーロの合わせて約500億ユーロの先物の買いポジションを抱えていたのです。
社内でポジション発覚
1月18日(金)、リスク・コントローラーが通常のチェックをした際に、初めてこの不祥事が発覚しました。「なんだ、このポジションは!」。トレーダーが架空の取引を正しく(?)入力していなかったのでしょうか。ついに異常がリスク・コントローラーの目に留まったのです。コントロールは週末も続けられ、日曜日には隠された巨額のポジションの全貌が明らかになりました。同銀行は1月20日(日)にフランス中央銀行、仏金融市場庁(AMF)に報告しましたが、仏政府への報告は23日(水)になってからでした。ちなみにこの報告の遅れに対して、政府側は大変憤慨しています。
さて、隠された大量の先物買いポジションを発見したソシエテ・ジェネラルですが、「これらのポジションを早急に全て売却する」という決断を下しました。売却が行われたのが1月21日から23日。そうです。米国がマーティン・ルーサー・キング・デーで祝日だったこの日、アジア株の破綻に始まり、欧州株式は米同時多発テロ以来の大暴落を記録、と世界的な大幅株安連鎖となった1月21日(月)から大量売却を始めたのです。この日、CAC40は-6.83%、DAXは-7.16%、FTSEは-5.48%も下がりました。厳しいマーケット状況下で大量の売却を行うことにより、不祥事発覚時には15億ユーロだったこのトレーダーの損失が、ポジションを売りつくした水曜日には48億2000万ユーロにも膨らんでしまいました。
損失発表後の動き
損失が明らかになった24日、ソシエテ・ジェネラルの株は朝方、売買停止となりました。この日、CAC40は前日の暴落を取り戻すかのように6.01%も上昇したのですが、昼から取引が再開されたソシエテ・ジェネラルの株価はCAC40の中で唯一下落し、前日比-4.14%で終わりました。その後も、株価は下がり続け、1月28日には71.05ユーロになってしまいました。昨年の春から50%以上も下落したのです。株価時価総額も約310億ユーロまでに減少し、今度は同業者からの買収案が沸きあがりました。1月29日に買収の噂が流れた途端、ソシエテ・ジェネラルの株価は一気に跳ね上がり、前日比+10.42%の上昇を記録しました。外国勢の敵対的買収の対象になっては大変とばかり、フィヨン首相は同日、「ソシエテ・ジェネラルはフランスの巨大銀行のままで居続けることになる」と緊急声明を発表したりもしました。尚、損失発表時にソシエテ・ジェネラルは55億ユーロの資金調達をする計画も公表しています。この資本増強により、ソシエテ・ジェネラルの自己資本比率は8%になると見込まれているので、ダニエル・ブトン会長権最高経営責任者は「ソシエテ・ジェネラルは独立経営していける」と言っていますが、買収の話題は絶えず、現在、BNPパリバが最有力視されています。
ダニエル・ブトン会長兼最高経営責任者は損失発覚時に辞意を示したものの、この危機の最中で辞められては困る、と取締役会は辞任議案を慰留しました。アメリカでは考えられないことですね。この件に関してサルコジ大統領は「経営者が責任を取るべきだ」との見解を示しています。しかし1月30日には臨時取締役会でダニエル・ブトン氏の留任が改めて決定されました。
また巨額損失、及びサブプライムの損失の事実を知ってか知らぬか、同行の重役の一人が、本人の口座、及び自身が関係する財団法人の口座を通じて、1月9日、10日、18日に同社株1億3000万ユーロ相当分を売却していた、ということも、現在、仏金融市場庁(AMF)の調査対象となっています。
顧客は大丈夫なのか?
900万人以上の顧客がソシエテ・ジェネラルの口座に入れている預金額は2000億ユーロに及びます。しかし、今回の巨額損失発表後、顧客が払い戻しを求め行列をなす、などというパニックは全くありませんでした。預金保険制度により、一人当たり7万ユーロまでが保護される、ということもありますが、フランス中央銀行のクリスチャン・ノワイエ総裁が、ソシエテ・ジェネラルの損失が明らかになったと同時に「顧客は安心して大丈夫です」と早めの声明を出したことがメディアを通じて大々的に取り上げられたことも大きいでしょう。サブプライム問題を発端に昨年9月に起こった、英国ノーザン・ロックに預金払い戻しを求める顧客が窓口に行列をなした時のような大パニックは避けることができました。
1月24日に巨額損失が発表されて以来、まるで連続ドラマのように毎日新しい事実が明らかになっています。今回のコラムでは1月31日現在で分かっていることをまとめてみましたが、「本当に彼一人の責任なのか?」「管理体制に問題はなかったのか?」「大幅な世界株安となった1月21日からポジションを売却する、という決断は正しかったのか?」「ソシエテ・ジェネラルの将来は?」などについて、今後も新たな展開があることでしょう。いずれにせよ、ソシエテ・ジェネラルのみならず、金融業界全体がリスク・コントロールをより一層強化することに間違いはありません。ただでさえサブプライム問題で金融不安が巻き起こっている時代です。金融機関はその業務・経営基盤を徹底的に見直さなければならない時期にきているのかもしれません。