5月14日、39歳の若きマクロン氏がフランスの大統領に就任しました。今回のコラムでは、彼の公約の中から、税制・年金に関わる項目を取り上げてみました。これらの公約は、まだ法案化されてもいない段階ですが、新大統領が立ち上げた政党は国民議会で過半数の議席を獲得しておりますので、実現の可能性は高そうです。新大統領が目指す税制改革について、このコラムを執筆している7月27日現在で明らかになっている情報を元に、詳しく見てみましょう。
金融商品から発生した利益に一律30%の税率を適用
現在、フランスでは、株の譲渡益や利子所得など金融商品から発生した利息に対し、基本的には各自の所得税率にプラスアルファで社会保障費負担(2017年7月現在15.5%)が課せられています。所得税率は累進課税ですから、例えば所得が高く、最大の所得税率である45%を課せられている世帯が、株普通取引口座で利益を出すと、約60%が税負担として持って行かれてしまう訳です。「株式を長期保有することにより控除を受ける」、「Assurance vieなど特別税制が適用される口座で運用する」、など税負担を下げる方法はありますが、そういった手段を使わずに金融商品の利益を得ると、所得が高い世帯にとっての税負担は非常に重い、というのが現状です。しかも来年からは社会保障費負担が現行の15.5%から17.2%に上がることが予定されています。
この高すぎる税負担を抑え、投資を促進させるために、マクロン大統領は『30%のフラット・タックス』を導入することを公約に掲げていました。税金と社会保障費負担の合計で30%にする、という計画ですので、高所得者層にとっては朗報です。しかしながら、所得が低く所得税率が0%、14%の世帯にとっては、従来通り『自らの世帯の所得税+社会保障費負担』の方が税負担が低く済みます。そのために税制改革の後も、所得税の低い世帯はこれまで通りの税制を選択できるようになる見通しです。
税制改革が国会を通れば、フラット・タックスは来年からスタートします。
Assurance Vieの税制
Assurance Vieからお金を引き出す際の税制において、今現在では口座開設後、8年が経過すると、お金を引き出す際の税率が23%(税金7.5%+社会保障費負担15.5%)になりますが、前述の『フラット・タックス』が導入されますと、現行の23%から30%に引き上げられることになります。現状で明らかになっている情報によりますと、税制改革後に入金が行われ、その残高が150 000ユーロ以上(約1950万円以上)のAssurance Vieの口座からの引き出しに関してのみ、フラット・タックスが適用されることになる模様です。税制改革後の口座だけにフラット・タックスが導入されるのか、それとも既存の口座にも適用されるのか、については、今のところマクロン政権からのコメントはありません。
多額の資金を8年以上にわたりAssurance Vieで運用されるご予定の方々にとっては、現行の税制の方がお得です。よって近い将来、ある程度まとまった資金をAssurance Vieの口座にご入金されることをお考えの方には、なるべくお早めに(つまり税制改革前に)口座開設のお手続きをされることをお勧めいたします。
ISFの大改造
フランスには多額の資産を持つ世帯に課せられる富裕税(ISF)が存在します。フランスに居住する者で、法によって定められた課税資産評価額が1月1日時点で130万ユーロ(約1億6900万円)を超える世帯に対して、0.5~1.5%のISFが課せられます。「主たる居住用住居は時価評価額の30%を控除できる」、「芸術品、老齢年金、職業上の資産など指定された資産は非課税となる」など、いくつかの例外や控除が用意されてはいるものの、数千万ユーロ(数十億円)規模の資産を持つ『超』が付く程の富裕層にとって、このISFの存在は常に悩みの種でした。
マクロン大統領により、超富裕層のISF負担は大幅に減ることになりそうです。新政府はこの税金の課税対象を不動産のみに絞り、税金の名称も『不動産富裕税』と変更することを計画しています。改革後は上場・非上場株式は対象外となります。
この改革により恩恵を得るのは『超』富裕層だと言われています。なぜなら資産額が130万ユーロを少々超える程度の世帯の資産内訳においては不動産の割合が非常に高く、数千万ユーロ(数十億円)規模の超富裕層世帯においては、家族経営の株式などが圧倒的に多くの割合を占め、不動産割合はごく僅かだからです。
マクロン大統領は、多くの家族経営会社がISFの支払い目的のために毎年多額の配当金を捻出せざるを得ない状況に置かれていたり、ISFの免税措置を受けられるようにするために敢えて外部資本を取り入れない、といった非経済的な状況を打開するために、ISF改革を提案しています。
多くの投資家達からの資本流入を促しやすく、またISFへの支払いのために出している配当金を企業が投資へと回せるようにすることこそが、ISF改革の目的なのです。
住民税
マクロン大統領は、全体の80%に当たる世帯が住民税を支払わなくて済むようにすることを公約に掲げていました。住民税は「もしこの物件が賃貸物件だとしたら、家賃はどれ位か?」という仮の家賃をベースに、各自治体の予算に応じた控除額を考慮して算出されます。そのため、自治体により住民税負担は大きく異なり、不公平感が生まれていました。例えばラ・デファンス(新凱旋門)のように巨大オフィス街が存在する地区やパリでは自治体の財政も潤っているため、住民税へのしわ寄せが少なくて済みますが、そうでない地域は高い住民税を課せられる、ということが多いのです。また、そもそもベースとなる「仮の家賃」なるものが、現実とかけ離れた数値になっているケースも指摘されています。
全世帯の80%が一斉に来年から住民税を支払わなくなるのではなく、2018年から3年計画で徐々に非課税化を進めていくことが予定されています。ちなみに住民税は自治体の税収の約3分の1を占めており、当然のごとく自治体は今後の財政に不安を抱いているのですが、政府は住民税改革による不足分を国が補てんすることを約束しています。
年金改革
フランスの年金組織の数はなんと37に上ります。それぞれの年金機関により支給年金額の算定方法が大きく異なり、非常に複雑なシステムとなっているのが現状です。
例えば会社員だった人が、その後、自営業に転身すると、引退後、その人は会社員の基礎年金・補足年金の機関、そして自営業の基礎年金・補足年金の機関、という別々の機関から年金を受け取ることになります。この7月から、会社員の年金機関(CNAV)と、手工業や商業(ARTISANやCOMMERCANT) の年金を担当するRSI、そして農業の被雇用者の年金機関(MSA)の3つの機関に限り、年金の計算方法が統一され始めましたが、他の機関に関しては未だに年金額の算出法はバラバラです。
マクロン大統領は「年金の計算方法を全ての年金機関において一律にしようじゃないか」ということを公約に掲げていました。まだ法案も出ておりませんので、詳細は分かりませんが、「どの機関に加入しても、支払う年金保険料が同じであれば、将来受け取る年金額も同じ」となるようにすることが新大統領の意向のようです。フランスの公的年金制度は今後、大きく変わると思われます。年金改革案は来年の前半に提出される予定です。
これらの改革内容については、大統領選の前から一貫していますが、導入のタイミングについては少々混乱が見受けられます。7月4日に行われたフィリップ首相による国会での所信表明演説では、フランスが公的支出に頼り過ぎていることを懸念し、まずは財政の立て直しをするために、「80%の世帯に対する住民税の廃止は今後5年以内に実施」、「ISFの改革やフラット・タックスの導入は2019年からにする」と、減税をもたらす改革の先延ばしを表明しました。これには多くの批判が巻き起こったため、フリップ首相の所信表明からわずか5日後に、マクロン政権は急にその表明を覆し、「いえいえ、当初の約束通り、税制改革は来年から始めますよ」と言い出したのです。
国防予算についてマクロン大統領と対立していた仏軍トップが辞任した、という事件も響き、7月23日に公表されたIfopによる世論調査では、マクロン大統領の支持率は54%と、1ヵ月前の64%から、なんと10ポイントも低下しています。あれほど人気のなかったオランド前大統領でさえ就任から3ヵ月目では56%の支持率を得ていたというのに、ちょっと心配ですね。税制改革が景気を活性化させれば、もちろん挽回も十分にあり得るでしょう。7月23日にIMF国際通貨基金が公表した最新の世界経済見通しによると、フランスの本年度の成長率予想は+1.5%、来年度が+1.7%と、前回の見通しに比べて0.1ポイントずつ上方修正されています。マクロン政権は税制改革により、この景気回復の流れを加速させることができるのでしょうか?来年以降のフランス経済の変化を、じっくり見守っていきたいと思います。