前回(2009年3月22日付け)のコラムで取り上げたギリシャ危機は、その後、ユーロ圏全体への不信感を巻き起こし、5月第1週には株式市場が世界的に大暴落しました。欧州発の金融危機拡大を阻止し、ユーロを守るためEU加盟27カ国は5月9日に緊急の財務相理事会を開き、総額7500億ユーロという巨額の緊急支援策がまとめられました。その翌日、5月10日(月)の株式市場は、CAC40が+9,66%、FTSE100が+5,16%、Dow Jonesが+3,9%と大きく上昇しました。しかし強気相場は長続きせず、5月14日(金)には再び世界の株価指数が大きく下落しています。今回のコラムでは大規模な緊急支援策に至るまでの過程、そして今後のユーロ圏の課題について考えてみましょう。

ギリシャ救済案

3月25日、欧州連合諸国(ユーロ圏16カ国の首脳)は、ギリシャが市場から資金調達難に陥った場合、ユーロ圏諸国とIMFの共同で支援する、という合意を行いました。4月23日、資金繰りに苦しむギリシャはユーロ圏加盟国とIMFに対して緊急融資を正式に要請します。財政悪化の顕著化を受けて、S&Pは4月27日、ギリシャの国債をBBB+からBB+に下げました。これはギリシャ国債が遂に「投資不適格」、つまり投機的水準にまで格下げされたことを意味します。市場は格付けが変更になると過敏に反応しますから、ヨーロッパの株式市場は即座に暴落しました。ギリシャに対する不安は募り、ギリシャ国債の利回りは急上昇。10年国債の利回りが8%台から13%台になってしまいました。ドイツ国債10年物の利回りより10%以上上乗せした利回りを、市場が要求し始めたのです。5月2日、ユーロ圏16カ国は緊急の財務相会合を開き、EUから800億ユーロ、IMFから300億ユーロ、合わせて1100億ユーロのギリシャに対する協調融資を決定しました。「これでギリシャ問題は片付いた」と思いきや、市場の反応は極めて悪く、ギリシャ危機がポルトガルやスペインなど財政難に苦しむ他国にも飛び火するのではないか、という懸念が高まり、株式市場は坂を転げるように落ちていきました。また5月6日の欧州中央銀行(BCE)の理事会後に開かれた記者会見で、トリシェ総裁が「国債買取りという選択肢については議論すらしなかった」と言ったことが伝わると、失望感からマーケットの下落は更に加速しました。加えて同5月6日の米国市場では、誤発注が原因とみられる瞬間的な大暴落まで起こり、市場はまさにパニック状態となりました。

7500億ユーロの緊急対策

5月6日の段階で、ユーロは対ドルで1年2ヶ月ぶりの安値である1.2805ドルになりました。このままではユーロ圏、並びにEUが崩壊する恐れがあると、世界中の金融市場には危機感が漂い始めました。「ユーロ圏諸国は、小国にすぎないギリシャを救済するためにも話し合いに半年近くかかった。国の経済規模がもっと大きいポルトガルやスペインが財政難に陥ったら一体どうなってしまうのか?」という訳です。これらの国がマーケットで資金を調達できなくなった場合を想定して、緊急支援のメカニズムを整えておく必要がある、と各国がはっきり認識し、5月7日(金)にユーロ圏諸国首脳はブリュッセルに乗り込みました。5月9日(日)には具体的な緊急融資案を立てるため、緊急EU財務相会合が開かれました。会議が始まった時点では詳細が全く決まっていなかったものの、参加者全員の「5月10日(月)のマーケットが開く前に決着させる」という意思は非常に固いものでした。しかしながら、ことは簡単には運びませんでした。まずはドイツの財務相がブリュッセルに到着後、体調不良で入院。急遽デメジエール内相が代わりに派遣されることになりましたが、会場到着まで3時間かかり、交渉はデメジエール内相の到着まで延期となりました。メンバー全員が揃っても、融資案はなかなかまとまりませんでした。英国はユーロ圏救済のために資金を出すことを躊躇し、ドイツは条件の厳しい2国間融資という形を取ることを望み、他国はユーロ圏全体からの融資体系を望んでいました。時間は刻々と過ぎていき、会議は12時間も続きました。5月10日(月)の未明にようやく「財政危機に陥った国に対してEUから5000億ユーロ(うち4400億ユーロはユーロ圏諸国の政府保証で調達、600億ユーロはEUから調達)、そしてIMFから最大2500億ユーロで、合わせて7500億ユーロの融資枠を用意する」という合意が発表されました。この融資額は市場の予想を遥かに上回る金額でした。しかもこのEUの巨額の融資枠のみならず、欧州中央銀行からもユーロ防衛のための対策が発表されたのです。つい数日前にその可能性さえ否定した欧州中央銀行が、なんと国債を市場から買い取ることにしたというのです!これは市場にとって大きなサプライズでした。この救済パッケージ案が発表された直後、5月10日月曜日の市場では、ギリシャ国債10年物の利回りが、前週末終値の12%台から7%台に一気に低下。そして株式市場もCAC40が+9.66%、FTSEが+5.16%、Dow Jonesが+3.90%とEU諸国の決断を歓迎しました。

ユーロ圏諸国の今後の課題

大規模な緊急融資策により、財政難に陥りマーケットで資金調達ができなくなった国が現れても、その国には救いの手が伸べられることになりました。巨額融資により、問題を先送りすることができる訳ですが、肝心の国家の財政問題を解決しない限り、資金難は永遠に続いてしまいます。ユーロ圏各国は続々と財政赤字削減へ向けての大胆政策を発表し始めました。しかしこれらの政策がユーロ圏全体の経済成長を著しく弱めるのではないか、という懸念が高まっています。また仮に、次に危ないとされているスペインが資金調達難に陥り、大型融資が実行されることになると、ユーロ圏の国々はその融資のために更に財政が厳しくなります。まさにユーロ圏全体の経済が脅かされるような状況になっているのです。これらの不安からユーロは更に下落し、5月14日(金)に対ドルで約1年半ぶりの安値である1ユーロ=1.2354ドルまで一時、下げ幅を拡大しました。ユーロ下落の裏には、投機筋の存在もあります。ヘッジファンドの投機的ポジションを示すと言われる、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)から公表されている数字を見ると、5月11日時点で対ドルで約142億ユーロの売り越しを記録しています。ちなみにこの売越額は3週連続で過去最高を更新しています。下記のグラフで欧州中央銀行が毎日発表しているユーロ・ドルとユーロ円の為替レートの推移を確認してみましょう。

表1 : ユーロ発足時からのEUR/USD

eurusd

表2 : ユーロ発足時からのEUR/JPY

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ヘッジファンドの大量資金の後押しもありますから、まだ暫くの間はこのままユーロ安基調が進みそうな勢いです。しかしながらIMFが5月14日に発表したレポートによると、日本の政府債務(GDP比)は2010年の227%から2015年には249%へ、米国の政府債務は2010年の93%から2015年の110%へと、大きく膨れ上がるだろうと推計しています。決して健全とはいえない国家財政を抱える日米の通貨が、いつまで対ユーロでその強さを維持できるのでしょうか?マーケットは今後も引き続き大荒れの展開になりそうです。