7月10日に仏ビジネス誌『Challenges』が毎年恒例のフランス長者番付トップ500を公表しました。ベスト10は次のようになっています。
フランス国立統計経済研究所(INSEE)の直近の数値によると、フランス国民の平均資産額は259 000ユーロ(中央値は150 200ユーロ)ですから、それに比べて彼等の資産がいかに莫大なものかが伺われます。トップ500人の資産を合計すると3300億ユーロとなり、その金額はフランスGDPの16% 、そしてフランス国民全体の金融資産の10%に当たります。まさに富の集中ですね。しかもその富の集中は大富豪トップ500内でも言えることなのです。トップ10の資産の合計は1350億ユーロにも上り、10人(とそのファミリー)だけでトップ500の資産総額の40%以上を占めているのです!
フランス人の金持ちに対する複雑な気持ち
お金持ちに対してフランス人は「賞賛」、「尊敬」というよりも「疑いの目」、「不信感」、「嫉妬」といった感情を抱くことが多いようです。様々な要因が絡んでフランス人の金持ち嫌い精神が出来上がっていると思われますが、「フランスの大富豪の多くが自ら築いた財産ではなく、遺産により裕福な生活を送っている」ということが理由の一つであることは間違いないでしょう。米Forbes誌が発表しているビリオネア・ランキングに入るフランス人たちの中で、遺産により財をなしている人の割合は57.3%にも上ります。また完璧な遺産相続ではないにしろ、裕福な家庭に生まれ、恵まれたキャリアを歩んできた人もいます。例えばフランスで1番裕福なベルナール・アルノー氏の財産のほとんどはアルノー氏自身で築いたものですが、彼は父親の建設会社の経営を28歳の若さで任され、その後、企業買収などで資産を飛躍的に増加させました。「ゼロからのスタート」とは少し違いますね。
ここ数年頻発している富に絡むスキャンダルも、お金持ちに対する印象を悪くしているかもしれません。カユザック前予算相が海外に隠し口座を持ち脱税を試みていたこと、俳優のジェラール・ドパルデュー氏が節税の為にロシアに移住したこと、フランス1番の富豪であるベルナール・アルノー氏が節税の為にベルギー国籍取得を申請していたこと(後に同氏はこの申請を取り消しました)など、「あんなにお金を持っているのに税金を払いたがらない」という態度が一般市民の槍玉に上がっています。とは言え、ただでさえ税金の高いフランスに社会党政権が誕生したものですから、富裕層にとっては税金の負担が強烈に重く、国外脱出したくなる気持ちが分からなくもない部分はあります。
富裕層に対する増税
社会党のオランド大統領が就任してからというもの、フランスでは次々と税制が改革されました。いくつか抜粋してみると次のようになります。
上記にありますように、利子所得や株取引普通口座の譲渡益には、基本的に自らの所得税率が課せられるようになりました。よって所得の低い世帯にとっては以前とほとんど変わりませんが、所得が高い世帯であればある程、今年から税負担がぐっと大きくなってしまいます。これはまさに富裕層をターゲットとした増税ですね。
税制がくるくる変わるフランスのことですから、1年後、もしくは数ヵ月後には上記よりもっと高い税負担になる可能性は十分にあります。
新しい富裕層
このように一般市民からもあまり快く思われず、高い税負担を課せられているフランスの富裕層ですが、そういったネガティブな感情や政府の対応を今後、変える可能性を秘めた新しいタイプの大富豪が誕生していることは特筆すべきでしょう。それは今回初のトップ10入りしたグザビエ・ニール氏です。グザビエ・ニール氏はフランスのインターネット・プロバイダーや携帯電話のネットワークの会社Freeの創設者です。彼は他の大富豪たちのように、遺産を受け継いだ訳でも、高学歴を持つ訳でもありません。まさに叩き上げの事業家なのです。フランスにはその昔、インターネットの先駆けである「ミニテル」というネットワーク検索システムが存在しましたが、ニール氏は学生時代にそのミニテルを利用したいわゆるアダルト系サービスを展開し、成功。学業を止め、ビジネスに集中した後は、企業買収や新規事業設立を繰り返し、主にFreeの大成功により現在の富を築きました。ニール氏の素晴らしいところはゼロからのスタートで大成功した、ということだけではありません。毎年50~100社のスタート・アップに融資するベンチャー・キャピタルの会社『Kima Ventures』を立ち上げたり、起業家を育てる学校『Ecole 42』を設立したりと、新しい起業家を生み出すことに力を入れているところが、彼を際立たせているのです。ニール氏は自ら築いた富を自分の子供達だけに与えることはしたくないそうです。「子供達に快適な生活は確保してあげたいけれど、渡すのは一定の金額に抑えないとね。一定の金額を超えるとお金はチャンスどころか、かえって負担になってしまうから」とニール氏はインタビューで答えています。フランス最大の富豪ベルナール・アルノー氏が、自ら築き上げたラグジュアリーブランド帝国LVMHを、いかに自分の子孫だけに引き継がせようかと思案しているのとは対照的ですね。ニール氏、そしてニール氏の学校や融資により誕生する将来の事業家が、「自分は金持ちの家に生まれなかったから所詮無理」と諦めがちなフランス人の若者たちに「頑張れば自分も成功できるかもしれない」という希望を与えることを期待したいところです。