フランスのビアジェ

ビアジェとは高齢者に利用される不動産の売買契約の一つです。高齢者がこの制度を使って所有不動産を売却すると、買い主は初期費用 (le bouquet) に加え、売り手の死亡時まで定期支払金 (la rente) を受け取ることができます。しかも売り手はその不動産物件に暮らし続けることも出来るのです。(別のところで暮らしていてもビアジェは利用できます)

つまりビアジェによって、売り手である高齢者は、生活資金やゆとりのある老後を送る為の定期的な収入を、終身で受け取ることができるのです。買い手にとってのメリットは何でしょうか?売り手が死亡すると定期支払金を払う必要がなくなるので、もしかすると住宅を通常より低い価格で取得できることになるかもしれない、という仕組みです。

初期費用、そして定期支払金の金額はどのように決められるのでしょうか?まずは通常の不動産売買と同様、不動産価格の鑑定から始まります。そして、もし売り手がその物件で暮らし続けるのであれば、売り手の年齢から計算された平均余命を元に、価格を割り引きます。

こうしてはじき出された価格を元に、初期費用と定期支払金の額を、売り手、買い手との間で自由に交渉できることになっています。

ビアジェは夫婦で利用することも出来ます。初期費用をなくして定期支払金を増やすことも選択できますし、定期支払金を毎月の支払いにするのか、四半期に一回にするのか、なども取り決めることができます。

このように一口にビアジェといっても、その中で条件を色々変えることは可能です。その条件により売り手と買い手が自由に金額を設定する訳です。ただし、「自由に設定」といっても、売り手の年齢、売り手が夫婦なのか、そのまま暮らし続けるのかどうか、初期費用ありなのかなしなのか、などに基づき、金融のプロが使っている一覧表に基づいて計算することもできます。

高齢者の居住用不動産の売買により、所有権は手放さなくてはならないものの、当該不動産に居住しながら終身定期金を受け取ることができるビアジェ。自宅という財産は持っているけれども、貯蓄はほとんどないし、所得も少ないという高齢者にとっては便利なシステムです。ただし、家族に不動産を継承させたい、または買い主が売り主の死亡を待ち望みしていて人道的に問題があるように感じる、などの場合にはビアジェは使わないほうがいいでしょう。

ビアジェの契約件数は年に約5000件にのぼり、不動産取引全体の1%を占めます。フランスも高齢化が進みつつあり、60歳以上の人口は2020年には25%に達する見込みです。今後、高齢化の波に乗って、ビアジェの売買件数は更に増加するであろうと言われています。

日本のリバース・モーゲージ

自宅を所有しているが現金の持ち合わせがなく、あまり収入のない高齢者が、定期的な収入を終身で受けられるようになる、というビアジェですが、日本にも似たような制度があります。それがリバース・モーゲージです。

高齢者の持ち家を担保として、自治体や金融機関から毎月一定額の融資を受け、死亡時には担保物件を売却するなどして、融資を返済するという仕組みになっています。1981年に東京都武蔵野市が日本で初めてこのシステムを導入しました。そして2002年12月に厚生労働省が全国規模で「長期生活支援資金貸付」(リバース・モーゲージ)を導入し、現在では46都道府県の社会福祉協議会で事業が展開されています。2005年9月末では貸付決定件数340件、貸付決定実績のある都道府県数も38に上る程、この制度が使われるようになりました。毎月受け取れる融資額は30万円程度までですが、平均値は月10万円前後だそうです。多くの場合、一軒家を所有する高齢者が対象です。(つまりマンション所有の場合、このシステムは利用できないことがほとんどです)

こういった公的機関のリバース・モーゲージは、誰もが利用できるわけではなく、低所得の高齢者のみを対象としている場合がほとんどです。厚生労働省は福祉政策の一環の為にリバース・モーゲージを提案しているからです。

では中・高所得者層が、より豊かなリタイアメントを送る為にリバース・モーゲージを利用するにはどうしたらいいのでしょうか?その場合は、公的機関ではなく、銀行や、民間企業が提供するリバース・モーゲージを利用するといいでしょう。銀行では現在、中央三井信託銀行、東京スター銀行、殖産銀行(山形)の三行が扱っています。民間企業では、旭化成ホームズやトヨタホームという住宅各社が実施しています。

民間機関では、ある程度豊かな高齢者を対象としているのが分かります。例えば、担保不動産の土地評価額。公的機関では担保不動産の土地評価額が最低1500万円以上(福岡県では1000万円以上)であることを条件としていますが、民間企業である中央三井信託銀行を例に挙げてみると、担保不動産の土地評価額を原則4000万円以上としています。

フランスのビアジェと日本のリバース・モーゲージの違い

フランスのビアジェと日本のリバース・モーゲージ。どちらも自宅という財産を元に定期金を受け取ることができ、似ているようですが決定的な違いがあります。それは日本のリバース・モーゲージがあくまでも不動産を担保とする融資であるのに対し、ビアジェは不動産販売であるということです。よってリバース・モーゲージで月々受け取る金額は負債であり、ビアジェでの月々の受け取りは所得となるのです。

リバース・モーゲージを利用した高齢者が非常に長生きをして、月々受け取った金額(融資)の総額が、担保でカバーできる貸付限度額に達してしまうと、そこで融資は打ち切りになってしまいます(いわゆる長生きリスク)。それでも当該物件で死ぬまで暮らし続けることは可能ですが、毎月の融資を受けることはできなくなります。ビアジェの場合、どんなに長生きしても定期支払金は死亡時まで受け取ることができます。

公式記録史上最も長生きした女性、ジャンヌ・ルイーズ・カルマンは90歳の時、ビアジェでアパルトマンを売却しました。契約時、当該不動産は10年分の定期支払金の価値があるとして取引されましたが、結局ジャンヌ・ルイーズ・カルマンは、その契約から32年後、122歳でこの世を去りました。買い手にとっては最悪の投資となってしまいました。しかも当時47歳だった買い手は77歳で他界したので、残された遺族がジャンヌ・ルイーズ・カルマンに定期金を支払い続けたのです。もちろんこれは特殊なケースですが、いつまで定期金を払い続けることになるか分からないビアジェでは、こういうことが起こり得るのです。

日本のリバース・モーゲージには上記の「長生きリスク」の他に「金利上昇リスク」と「不動産価格下落リスク」があります。まずは「金利上昇リスク」から見てみましょう。市場金利が上がると融資利率も上がります。リバース・モーゲージは融資ですので、融資にかかる利息が上昇した分、定期金の打ち切り時期が早まってしまうのです。「不動産価格下落リスク」はその名の通り、不動産市場が下落することによって、担保である物件の価値も下がり、予定より早く担保切れになってしまうという訳です。ビアジェの場合、「長生きリスク」、「金利上昇リスク」、「不動産価格下落リスク」は全て買い手が負うことになっているので、売り手である高齢者はそれらのリスクに関係なく、生涯にわたって定期金を受け取れます。

日本、フランス共に、年金は減少傾向にありますが、医療費・介護費用は増加し続けるなど、高齢者への負担は今後も増える一方です。高齢者の資産活用の選択肢の1つであるビアジェとリバース・モーゲージ。これらの制度が存在する、ということを頭の片隅に留めておくと将来役に立つことがあるかもしれませんね。