2014年3月30日の統一地方選挙では、オランド大統領率いる社会党が大敗。過半数の議席が右派政党により占められる結果となりました。この惨敗により、エロー首相は辞任し、新首相として国民に人気のあるマニュエル・ヴァルス氏が任命されました。ヴァルス首相が就任翌月に発表した税制改革法案が7月23日に国会で正式に可決されました。果たしてこれまでオランド政権により実行された数々の不評の政策の汚名挽回となるのでしょうか?

ヴァルス内閣による今回の税制改正をご紹介する前に、まずは2012年5月のオランド大統領就任以降に行われた主な税制改革を見直してみましょう。

オランド政権下でこれまでに行われた主な税制改革

● 所得税の最高税率75%導入の失敗、そしてその妥協策
オランド大統領が就任した2012年5月の時点において、所得税の最高税率は41%でした。オランド大統領は選挙戦の公約の中で、「100万ユーロ以上の所得を持つ個人に対して最高税率75%を適用する」という案を掲げていました。しかしこの法案は「75%の税率が世帯全体ではなく個人にのみ適用されるのはおかしい」という理由から、2012年12月、フランス憲法評議会に違憲判決を下されてしまいました。しかしながら富裕層への75%課税策は大統領選公約の目玉でしたので政府は簡単に諦める訳にはいきません。よって妥協策として「2013年と2014年の2年間に限り、100万ユーロを超える給与に対し、個人ではなく企業側に50%の上乗せ税を支払わせる。他の税金や社会保障費負担と合わせると税率は75%に達する」という形で新法案を作成。こちらは無事2013年の年末に憲法評議会の承認を得て、本年度から施行されています。

● 富裕税(ISF)の増税
2011年にサルコジ前大統領が税制改革によりISFの最高税率をそれまでの1.8%から0.5%へと大きく引き下げたのですが、オランド大統領は2012年5月の就任後、すぐに前大統領のISFの改革を撤回しました。そして以前とは異なる税率を適用することが決定し、2014年7月現在、課税資産評価額が130万ユーロ以上の世帯に対して、0.5~1.5%の税率がISFとして課せられています。

● 不動産売却益に対する課税制度の変更
フランスでは主たる居住用の住居に関しては売却益が非課税になりますが、それ以外の物件の売却益は課税されます。但し、売却益がそのまま課税されるのではなく、一定の控除を引いた後の金額が課税対象となります。控除割合は保有年数により徐々に上がっていき、オランド大統領が就任した2012年5月時点では、不動産を30年以上保有した後に売却すると、ようやく売却益が全額控除され、税負担がゼロになる、という仕組みでした。オランド大統領は不動産売却益に対する課税をゼロにするための保有期間を30年から22年へ短縮することを、大統領選の公約としていました。そして実際に2013年9月より、その期間が30年から22年へと短縮したのですが、中身をよく見てみると、丸22年間保有して免税になるのは税金部分だけで、社会保障負担に関しては丸30年保有しないと免税にならないというではありませんか。そうです。フランスでは不動産売却益に対して所得税だけではなく、社会保障費負担も課せられるのです。つまり【所得税+社会保障費負担】という本当の意味の税負担は、相変わらず不動産を丸30年以上保有してからの売却でない限り、免税にはならない、ということです。ちなみに社会保障費負担とは1996年に導入された税負担で、当初は0.5%でしたが、その後、徐々に上昇して2014年7月現在では15.5%に達しています。

● 付加価値税(TVA)の増税
オランド大統領は就任直後の税制改革の中で、サルコジ前政権が決定していた『TVA標準税率の19.6%から21.2%への引き上げ』を撤回しました。国民が安心したのもつかの間、オランド政権は2014年1月1日からTVAの標準税率を19.6%から20%へ、交通やレストランなどに対する軽減税率を7%から10%へ増税することを決定しました。

これ以外にもオランド政権は様々な税制改革を行ってきましたが、「改革する」と言っておきながら、その案を取り止めて、またすぐに似たような政策を導入する、といった迷走ぶりが目立ちます。

税金への不信感や不満がフランス国民の間で吹き出している為、ヴァルス首相率いる内閣は低所得者層への減税を含めた次のような改革を決定しました。

今回、国会で可決された税制改正

今回の法改正により、個人の購買力を高め、企業に新たな雇用を創出させるための措置が取られることになりました。主なポイントを確認してみましょう。

1. 個人に対する改正

● 低所得者層の手取りがアップ
月々の手取りが1500ユーロ未満の会社員は、2015年1月1日以降、社会保障費負担が減額されるため、手取り収入が増えることになります。例えばSMIC(法定最低賃金のこと。2014年7月現在で月額のSMIC netは1,128.70ユーロ)で働く人にとっては、来年から年間で手取りが約500ユーロ、アップすることになります。

● 低所得者層の所得税減税
課税所得が一定の金額以下の世帯(例えば単身世帯では年間14,145ユーロ、結婚やPACSしているカップルの2人世帯では28,290ユーロ以下の世帯)は、本来なら今年の秋に支払うべきはずだった所得税から単身世帯なら350ユーロ、カップル世帯なら700ユーロが減額されることになりました。8月末から9月にかけて税務署から送られてくる所得税の課税(または非課税)通知書にその金額が記載されることになります。政府の試算によると、この減税措置により370万世帯が恩恵を受けるそうです。

この他にも低額の公的年金受給者や低所得者のための社会的手当てを増額する措置なども、今回可決された法案の中に含まれています。尚、今回の個人に対する減税措置は低所得者に限られたものでしたが、ヴァルス首相は去る7月8日に行われたスピーチの中で「2015年は中所得者に対する減税措置も行う」と発言しました。

2. 企業に対する改正

● 社会保障費負担の軽減
2015年1月1日より、雇用主はSMIC(法定最低賃金)で働く被雇用者のURSSAFに対する社会保障費負担を一切支払わなくてもいいようになります。この措置により例えばSMICの賃金で働く労働者を10人雇う会社にとっては、年間4,000ユーロ以上の経費削減となります。更に2016年1月1日からは、SMICの3.5倍に当たる賃金(月々の手取りが約4,000ユーロ)以下の被雇用者に対する経費のうち、企業が支払う社会保障費の一部(cotisations famille)が現状の5.25%から3.45%へと、1.8%分、軽減されることになりました。ARTISANS、COMMERCANTS、PROFESSIONS LIBERALESといった独立している人たちに対しては、年間利益が53,000ユーロ未満なのであれば、2015年より社会保障費の一部(cotisations famille)が軽減されます。

● 様々な減税措置
法人税についても大きな減税が予定されています。フランスの法人税は現在33.33%です。利益が38,120ユーロ未満である一定の条件を満たす企業には軽減税率の15%が適用されています。そして売上高が2億5000万ユーロを超える企業に対しては、2015年末まで特別上乗せ税として、法人税に加え更に10.7%が課せられています。大企業にとっては非常に重い負担ですね。今回の税制改正により、33.33%の法人税が2017年から徐々に軽減され、2020年には28%まで下げられることになりました。そして特別上乗せ税の10.7%に関しては2016年以降、消滅することが決定しました。また、法人税とは別の税金で、760,000ユーロ以上の売上高を計上している企業にはCONTRIBUTION SOCIALE DE SOLIDARITE DES SOCIETES (C 3S) と呼ばれる0.16%の税負担が課せられているのですが、そのC3Sが2015年度から軽減され始めます。そして中小企業に関しては、もはやこの税金を支払わなくても済むようになります。

こんなに大盤振る舞いをするなんて、一体、その財源はどこから来るのか気になりますね。政府は今回の減税措置の財源は、(1) 政府の歳出削減、(2) 脱税摘発による増収、(3) 今回の政策による経済成長がもたらす税収増、の3つだと述べていますが、3番目の財源は楽観的観測から成り立っているような気がしないでもありません。「やはり財政的に無理があるので、税制をまた変更します。」などということにならないといいのですが・・・。


7月18日、19日に世論調査会社IFOPにより行われた調査によると、オランド大統領の支持率は僅か18%、ヴァルス首相の支持率は45%です。一見するとヴァルス首相の支持はとても高く感じられますが、首相に就任した直後は58%の支持率を誇っていたことを考慮すると、ここ最近の人気の下落は気になるところです。手厚い社会保障や所得税の軽減で低所得者層を守る、という社会主義的アプローチのみならず、企業にも雇用を促すために思い切った減税をしようではないか、という今回の税制改正。根本的な考え方は受け入れられても、フランス国民が求めているのは確かな結果です。果たしてヴァルス内閣の挑戦は成功するのでしょうか?社会党の人たちはもちろん、右派の人々もフランス経済を立て直してもらいたい気持ちは同じです。今回の政策が経済停滞を少しでも改善してくれるといいですね。