『インフレ』、『住宅ローンの急上昇』、そして『気候変動対策のための賃貸規制』により、フランスの不動産市場の流れが大きく変わりつつあります。ここ最近の不動産を取り巻く環境について確認してみましょう。

2022年度の不動産価格の動向

不動産価格は昨年度も通年で上昇はしたものの、その勢いはだいぶ弱まってきました。公証人議会のレポートによりますと、フランス全土(仏海外県マイヨット島を除く)の中古物件価格の年間上昇率は、2022年第3四半期では+6.8%だったところ、第4四半期には+4.8%になり、昨年10月以降に急激な減速を見せています。下記のグラフは、2011年から2022年にかけての中古物件の価格上昇率の推移を示したもので、2022年の後半から大きく下がり始めている様子がはっきりと読み取れます。

表1 中古物件価格の変動率の推移

(出典 : フランス公証人議会)

下記の地図はフランス各地の地価と変動率を示したものです。全体的にはプラスの地域が大多数ですが、パリの不動産価格は昨年度 マイナス1%となり、僅かに下落しました。

表2 中古アパルトマンの1平方メートル当たりの地価と上昇率(2022年度の第4四半期と前年同期比)

(出典 : フランス公証人議会)

本年度に入ってからも下落は続いており、公証人議会のデータによりますと2022年12月から2023年2月の中古物件価格は、前年同期比でイル・ド・フランス地方がマイナス0.7%、パリがマイナス1.9%となりました。

一気に上昇した住宅ローン金利

インフレと戦うため、世界中の中央銀行が強硬利上げを実施しており、その影響が住宅ローン金利にも顕著に出ています。下記のグラフは2001年から2023年4月までの住宅ローンの平均金利の推移を示したものです。昨年以降の金利上昇のスピードに改めて驚かされます。

表3 住宅ローン金利の推移(%)

(出典 : CREDIT LOGEMENT / CSA)

CREDIT LOGEMENT / CSAが発表したレポートによりますと、先月、25年の住宅ローンを組んだ半数以上の人が3.5%以上の金利を適用され、条件が悪い人は4%を超えることもあったそうです。つい1年前は、25年ローンの平均金利が1.37%だったことを考慮すると、すさまじい勢いで金利が上昇していることがよく分かります。

ローン金利の上昇だけでなく、購買力の低下も不動産市場にとって逆風となりました。2022年度、フランスの賃金上昇率は3.8%で、インフレ率は5.2%でした。所得の上昇が、支出の増加に追い付かないため、収支が悪化し、不動産購入が実現不可能となった世帯も多いようです。

住宅ローン審査に通らなくなった人、そして住宅購入計画を諦める人が増えたため、住宅ローンの件数は急降下しています。同レポートによると、2023年2~4月の住宅ローン貸出件数は、2022年2~4月の件数よりもなんと40.1%、少なくなったそうです。2008年の金融危機の時にさえ、ここまで貸出件数が減少したことはありませんでした。

貸出件数の減少には、フランスの上限金利規制の影響もありました。不当に高い金利が適用されるのを防ぎ、消費者を守るため、フランス銀行は四半期ごとに金利上限を定めています。銀行はその上限よりも高い金利でローンを提供することができません。住宅ローン金利は日々変わっていきますが、金利上限が更新されるのは3カ月ごとである、という、この時差が思わぬ問題を引き起こしました。昨年半ばより、急速に住宅ローン金利が上昇し始めたのに、法的な上限金利は3ヵ月に一度しか上昇しなかったため、ローン金利が上限金利に近づいたり、場合によっては超えるケースが頻繁に発生してしまったのです。法的上限金利を超える案件はもちろんのこと、上限金利に非常に近いケースでも、リスクを負いたくない銀行はローン審査を却下します。つまり、不動産購入を考えていた人にとっては、「本来ならローン審査に通っていたはずなのに、上限金利の更新速度が遅かったため、住宅ローンを組めなかった」ということが起こっていたのです。そのような状況を防ぐため、本年度よりフランス銀行は毎月上限金利を公表するようになりました。更新頻度が月次になったことにより、融資件数の滞りは多少緩和されるだろうと言われています。

エネルギー効率が悪い物件の売却が増加

フランスでは気候変動対策・レジリエンス法により、エネルギー性能診断(DPE)で断熱効率の低いレベル(E、F、Gランク)の物件が段階的に賃貸禁止になり始めており、2034年1月1日からはA~Dランクの物件のみが賃貸可能となります。

E、F、Gランクの賃貸物件所有者は、エコリフォームを行うか、売却するか、の選択に迫られています。エコリフォームを行う人に対する政府の支援も用意されているのですが、インフレにより高まる工事費、そして急上昇しているローン金利のため、リフォームよりも売却に傾く投資家が多いようです。

下記の表はイル・ド・フランス地方の中古販売の割合を、エネルギー性能診断(DPE)のレベルごとに表示したものです。2021年度と2022年度を比べると、今後、賃貸禁止になるE、F 、Gランクの物件の割合が増えていることが分かります。

表4 イル・ド・フランス地方の中古物件売買におけるDPEランクごとの割合(2021年度と2022年度の比較)

(出典 : フランス公証人議会)

エネルギー性能診断(DPE)のランクが低い物件は、価格交渉で値下げを要求されるのが一般的です。賃貸禁止のタイムリミットが近づくにつれ、DPEランクの低い物件は更なる価格下落のプレッシャーを受けることになりそうです。


フランスの不動産市場の下落基調は本年度も継続しそうです。単にインフレと金利上昇だけが問題なのであれば、そう遠くない将来に訪れるであろう景気回復期に、再び不動産市場にも活気が戻ってくるでしょうが、『エネルギー効率の悪い物件は賃貸が禁止される』という規制は業界にかなり重くのしかかることが予想されます。「今後不動産価格が何パーセント下落するのか」、そして「どれ位の期間、下落し続けるのか」という問いかけに対するカギを握るのは、エネルギー効率の悪い住宅を保有する投資家の動向かもしれません。