INSEE(国立統計経済研究所)によると11月のフランスの消費者物価指数は前年同月比6.2%増となりました。ユーロ圏の同指数である+10.1%と比べると、フランスのインフレはかなり抑えられてはいるものの、相当な価格高騰であることは確かです。食料やエネルギー価格の上昇は、特に低所得者層の生活を直撃しています。今回のコラムでは、高インフレの痛みを和らげるために、フランス政府が打ち出している様々な対策を見ていきましょう。
電気・ガスの規制価格の凍結措置
エネルギー価格の高騰を踏まえ、2021年の秋から始まった措置です。当初は『2021年10月の価格を基準値として電力料金の上昇率は4%までとし、ガス料金は2021年11月1日から凍結する』というものでした。この措置は2023年1月末まで適応され、2023年2月からは電気・ガス料金ともに15%の値上げが予定されています。「15%も値上げ?!」と思われるかもしれませんが、もし政府の規制がなければ、15%どころか、120%の値上げが実行されてしまうところでした。つまりこの措置には「本来なら120%の価格上昇になるところ、政府が105%の部分を援助してあげるから、残りの15%の部分は各自が頑張って支払ってね」というメッセージが込められているのです。
低所得者世帯へのエネルギー小切手
電気・ガス料金の支払いが厳しい低所得世帯のために、3種類のエネルギー小切手が用意されています。通常の『エネルギー小切手』は2018年から存在している措置です。世帯の所得により48~277ユーロが割り当てられます。本年度は特別に『特別エネルギー小切手』と『灯油暖房向け特別エネルギー小切手』という2つの手当てが追加で導入されました。本年度追加された小切手は、どちらもそれぞれ100~200ユーロの手当てとなります。基本的には自ら手続きする必要はなく、確定申告のデータを元に、該当する世帯には国から自動的に手当てが送られる仕組みとなっておりますが、【灯油暖房向け特別エネルギー小切手】に限り、たとえ手当てが送られてこない世帯でも、自ら申請することにより条件に該当すれば手当てを受けることができます。
生活保護など社会給付を大幅値上げ
生活保護や障がい者手当などの社会保障給付金や老齢年金額が、7月分より4%増額されました。個別住宅手当(APL)は同じく7月分より3.5%、引き上げられました。
学生に対する支援
奨学金が4%引き上げられることになりました。一定の条件を満たした学生には、新学期手当てとして一律100ユーロが支給されました。奨学金をもらっているか否かに関わらず、生活に困っている学生は1ユーロで学食の食事を食べることができます。ちなみに『学食1ユーロ』は2019年4月1日に導入された措置です。加えてフランス政府は11月22日、学生に食糧を支給している団体に対して1000万ユーロ(約14億円)の予算を用意しました。この金額のお蔭で、学生に配る1週間分の食料が30万個用意できることになります。
マクロン賞与
マクロン賞与と呼ばれるこちらの措置は、会社員に対する非課税の特別賞与のことです。この措置が初めて導入されたのは2019年で、その後、現在に至るまで毎年更新されています。高インフレを受け、その上限額が2022年8月より、従来の3倍(最大6000ユーロ)に引き上げられました。とは言え、上限額までマクロン賞与を与えている会社は少ないようで、11月10日のブリュノ・ル・メール財相の会見によりますと、今年の夏以降、70万人の会社員がマクロン賞与を受け、その平均額は710ユーロだそうです。
自営業の社会保険料
所得が低い自営業者に対して、社会保険料負担を低くする措置も12月1日に発効されました。この措置により、法定最低賃金レベルの所得(2022年現在、約223万円)しか得ていない自営業者の年間社会保険料が最大550ユーロ減額されることになりました。政府の試算では160万人の自営業者が、この社会保障負担減額の恩恵を受けられることになる模様です。
家賃上昇率の制限
2022年10月から2023年6月まで、家賃上昇率の上限が最大でも3.5%までに抑えられることになりました。
マクロン大統領による節電の呼びかけ
マクロン大統領は国民と企業にエネルギーの消費量を10%下げるため節電を呼び掛けています。政府は、フランス国内の電力受給のひっ迫状況を天気予報のように示す « Ecowatt »というサイトとアプリを用意し、万が一、電力不足が深刻になった場合、このアプリから「このままでは停電になってしまうかもしれません!節電を心掛けてください」といった通知が送られるようになっています。フランス人たちは本当に節電をしているのでしょうか?数か月前に国営化されたEDF(フランス電力)が公表したコメントによりますと、11月の電力消費量は一般家庭も企業も前年比で約10%も減少したそうです。国民が本当に節電を心掛けていることも理由としてあげられますが、もう一つの大きな要因として「エネルギー価格の高騰により、稼働を一部、または全部停止する工場が出てきた」ことが挙げられていることは気になります。10%の節電という目標を達成できても、その裏に高インフレにより経済活動の縮小がある、となりますと、一概に喜べない状況ですね。
燃料価格の割引制度
2022年4月から8月までは1リットルあたり0.18ユーロの値引き、9月から11月半ばまでは0.30ユーロの値引き、そして11月半ばから12月までは0.10ユーロの値引きが、政府の援助により行われています。
自動車燃料給付金
12月12日に施行されたばかりの措置です。前述の【燃料価格の割引制度】が年内に終了することを受け、通勤に自動車が必要な低所得者世帯を対象に、1人100ユーロが支給されることになりました。この措置により1000万人が恩恵を受けられるだろうと政府は見込んでいます。支給は1回のみとなります。
2023年度財政法案
フランスでは所得額により、0%から45%までの5段階の税率が適用される、累進課税が適用されています。税率がちょうど変わる境目となる金額は、毎年インフレに合わせて調整が行われています。現在の高インフレに対応するため、今回の財政法案では+5.4%という、大幅アップの調整が組みこまれました。2022度の所得に対して2023年に支払う所得税率は次のようになります。
電気・ガスの価格規制のように全ての人が恩恵を受けられるものもありますが、今回ご紹介した措置の大部分は脆弱な世帯のみが対象の措置となっています。低所得者層の家計においては食費と光熱費が高くなる傾向があるため、マクロン政権が的を絞った支援を積極的に行っていることがよく分かります。ここまで大盤振る舞いをして、フランス政府の財政は大丈夫なのでしょうか?これらの措置による歳出増にも関わらず、ルメール経済財務相は先月も「我々は2023年の財政赤字をGDP比5%に抑えられる。そして2027年までに財政赤字を3%未満にするとすることが目標だ」と述べましたが、もし来年も上記のインフレ対策を続けるのであれば、目標達成はまず不可能です。
本年度は世界中の中央銀行がインフレを抑えるために、急ピッチの利上げを強硬しました。彼らの金融政策により、軽度のリセッションが発生し、そのお蔭で来年はインフレが落ち着くことになるのでしょうか?事態が好転してくれることを祈るばかりです。